グラフィックデザインをやめなければいけないと思っていた
グラフィックデザインをやめなければいけないと思っていた時期があった。
その頃の私は、「コミュニケーション」ということへの興味から、カウンセリングや対話、セラピーの手法にいろいろ出会っていく時期だった。
そこで経験する様々な感覚は、私がグラフィックデザインをしながら扱ってきた感覚よりも、はるかに個人の実存に関係があり、生きていく上で必要なものだと思えた。*1
もっと正直に認めると、グラフィックデザインを通して自分が得たかった自己肯定感は、自分の人生を通して為すべきものだということが分かった。
そ う思ってからは、世の中でもてはやされているように見えるデザイン(嫉妬!)は、もっともらしいけれども、自分の生存には響いてこない、人間の本質とは 関係ないところの、表面的な承認欲求のゲームのように思えた(いまは全くそうは思っていない:デザインは技術であり、意志や意図が大事だと思う)。
生存の直接経験から離れたくなかった自分が、デザインにもう一度向かっていくきっかけをくれたのは、写真だった。
やっぱり僕はデザインが好きで…、といよりも目に見えるものが好きだった。たまらなく好き。目に見えるんだから。この世界の美しさや、奥深さが。
それを教えてくれたのは、写真家 大橋弘さん。吉祥寺に食堂ヒトトが、まだ、あった。そこで出会った。日本の発酵食を撮り続けた写真の展「壷中の天」を、オーガニックベースの 奥津 爾くんが企画した。
いまはない、あの階段を上って。
壺の中の鮮やかな生命の世界に、釘付けになった。
それから、伝統食の乾物シリーズ「風がつくるもの」、全国の「野鍛冶」を撮った写真集、大橋さんのライフワークである苔の世界「moss cosmos」… たくさんの写真を見せてもらった。いくつか、デザインで関わらせてもらう機会もいただいた。素晴らしい経験だった。
僕にとって、大橋さんの見せてくれる世界は、名も無いむき出しの生命の美しさや激しさ、その向こうにある厳粛さや静けさを、写真家のエゴを被せずに、でも大橋さんの美意識で光を当てて、最高の純度で見る経験をさせてくれるものだった。
日常の感度では見過ごしてしまう生命の世界に出会わせてくれた。もう失われた風景にもそこで出会えた。いちど、その世界があることを知ってからは、その前の景色に戻ることは難しい。
ああ、そうだった。そこらへんから、僕とデザインの和解は始まっていた。
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大橋弘さん http://www.hiroshiohashi.com/
オーガニックベース http://www.organic-base.com/
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*1…そこで掴んだものは、確実に、デザインや感覚教育に持って帰って来ているのだけれど、それは別の機会にシェアします